2006年03月28日
感動した
『出来ないとやらないを混合しない』
京都・山科の観修寺に今年88歳になる大塚全教さんという尼さんがおられます
こんなとこです↓

生まれてすぐに小児麻痺を患い両手の自由を失いましたが、少し動く手で絵を画かれ、その勉強に山科に来たそうです。
そこには両手を事故でなくした大石順教先生をはじめ、体の不自由な女性が数人共同生活されていました。
大塚さんが21歳の時です。まずは「日常をきちんと」ということでそれぞれ仕事が与えられます。
足がダメな人はゴザに座り周りを綺麗にして、
手の不自由な人は足で草を抜く。
大塚さんは便所掃除を与えられました。
でも今まで父母や兄弟に助けてもらっていたので「できません」と答えたそうです。
「それなら便所は使ってはならない」というのが返事でした。
大石順教先生は水道がない時代ですのでポンプ式の井戸に行き背中で柄を押し上げて腋に挟んで押し下げる
でも水はポタポタとしか出ない。
でも確かに水は汲めた。
次にバケツで運ぶ。
バケツの底に少しの水しか重たくて運べないがそれを繰り返せばバケツいっぱいになった。
それから便器を拭き床に雑巾をかける。
時間は掛かりますが工夫をすれば誰の助けも借りずに一人で出来たのです。
「あなたは出来ないというが、やらないだけ。人間やれば出来ないことはない。出来ないとやらないを混同してはならない」と教わったそうです。
体が不自由だからこそ日常生活をきちんとしなければならない。徹底して厳しく教わったそうです。でも工夫し身の回りを整えると気持ちが和らぎ自然と微笑みがこぼれる。真の優しさは厳しさの中にあるとお話しされていました。
私たちの身近には、すごい人がいるもんです
京都・山科の観修寺に今年88歳になる大塚全教さんという尼さんがおられます

こんなとこです↓

生まれてすぐに小児麻痺を患い両手の自由を失いましたが、少し動く手で絵を画かれ、その勉強に山科に来たそうです。
そこには両手を事故でなくした大石順教先生をはじめ、体の不自由な女性が数人共同生活されていました。
大塚さんが21歳の時です。まずは「日常をきちんと」ということでそれぞれ仕事が与えられます。
足がダメな人はゴザに座り周りを綺麗にして、
手の不自由な人は足で草を抜く。
大塚さんは便所掃除を与えられました。
でも今まで父母や兄弟に助けてもらっていたので「できません」と答えたそうです。
「それなら便所は使ってはならない」というのが返事でした。
大石順教先生は水道がない時代ですのでポンプ式の井戸に行き背中で柄を押し上げて腋に挟んで押し下げる
でも水はポタポタとしか出ない。
でも確かに水は汲めた。
次にバケツで運ぶ。
バケツの底に少しの水しか重たくて運べないがそれを繰り返せばバケツいっぱいになった。
それから便器を拭き床に雑巾をかける。
時間は掛かりますが工夫をすれば誰の助けも借りずに一人で出来たのです。
「あなたは出来ないというが、やらないだけ。人間やれば出来ないことはない。出来ないとやらないを混同してはならない」と教わったそうです。
体が不自由だからこそ日常生活をきちんとしなければならない。徹底して厳しく教わったそうです。でも工夫し身の回りを整えると気持ちが和らぎ自然と微笑みがこぼれる。真の優しさは厳しさの中にあるとお話しされていました。
私たちの身近には、すごい人がいるもんです





