2006年12月02日
仏教徒なのにクリスマスってかぁ
師走にはいりましたねー

街のあっちこっちで、クリスマスイルミネーションがチカチカしてきました
昨日から、比叡山では僧侶さんが山を下って托鉢をし、その浄財を交通遺児・難民救済のために寄付されるそうです
さて、その僧侶さんやお坊さんのコトを別名で雲水ともいいますね。
どうして「雲水」というかご存知ですか?
「雲」は山があるからといって止まるこは有りません。
姿をスッと変えて向こうへ飛んでいく。
「川」の水は竹やぶに入ってもそこで氾濫せずに形を変えて根っこを通り抜けまた先に流れていく。
この言葉を知ったのは、仏教というか無宗教のご主人がカトリックの奥さんと結婚するときに、ある方から教えていただきました。
自分はカトリック信者でのないのに、妻と一緒に教会へ礼拝にいったりクリスマスを祝ったり・・なにか胸の中で引っかかるものがあった時です。
そんなときに、「雲水」のお話を聞きました。
ご主人がカトリック教会へ礼拝に行くときには、十字架を切って信者になればいい。
帰るときには、十字架を切って自分に戻ればいい、ただそれだけだと言われました。
この言葉で、気持ちが吹っ切れたそうです。
そして、聖書の中にもこんな言葉があるそうです。
聖パウロ「その人の心を得るために、その人のようになりました」
日本人は仏教徒なのにクリスマスは~ とか毎年にように言われますが、お釈迦さんもキリストさんも「雲水」や聖パウロの言葉でそんな細かいことは気にスンナっと言ってるんでしょうね

街のあっちこっちで、クリスマスイルミネーションがチカチカしてきました

昨日から、比叡山では僧侶さんが山を下って托鉢をし、その浄財を交通遺児・難民救済のために寄付されるそうです
さて、その僧侶さんやお坊さんのコトを別名で雲水ともいいますね。
どうして「雲水」というかご存知ですか?
「雲」は山があるからといって止まるこは有りません。
姿をスッと変えて向こうへ飛んでいく。
「川」の水は竹やぶに入ってもそこで氾濫せずに形を変えて根っこを通り抜けまた先に流れていく。
この言葉を知ったのは、仏教というか無宗教のご主人がカトリックの奥さんと結婚するときに、ある方から教えていただきました。
自分はカトリック信者でのないのに、妻と一緒に教会へ礼拝にいったりクリスマスを祝ったり・・なにか胸の中で引っかかるものがあった時です。
そんなときに、「雲水」のお話を聞きました。
ご主人がカトリック教会へ礼拝に行くときには、十字架を切って信者になればいい。
帰るときには、十字架を切って自分に戻ればいい、ただそれだけだと言われました。
この言葉で、気持ちが吹っ切れたそうです。
そして、聖書の中にもこんな言葉があるそうです。
聖パウロ「その人の心を得るために、その人のようになりました」
日本人は仏教徒なのにクリスマスは~ とか毎年にように言われますが、お釈迦さんもキリストさんも「雲水」や聖パウロの言葉でそんな細かいことは気にスンナっと言ってるんでしょうね

2006年12月02日
あかりの遊び庭(あそびば)
12月に入ると、栗東芸術文化会館さきらもライトアップします。

第3日曜日あたりには、催し物があります。
(ちなみに、今年は17日)
私は、毎年参加(?)しています。
その中でも、キャンドル広場、というのが私のお気に入り
ロウソクに火をつけ、絵を書いた画用紙を筒状にしてかぶせます。
こんなカンジ。(先一昨年バージョンですが・・・)

それを、並べます。

そうすると、夜になれば・・・

今年はこれに加えて、空缶や空ビンをを利用したマイランタンを持ってたずねてまわろう、という企画もあるみたいです。
あかりのアートに包まれる一日。
足を運ばれてはいかがですか?

第3日曜日あたりには、催し物があります。
(ちなみに、今年は17日)
私は、毎年参加(?)しています。
その中でも、キャンドル広場、というのが私のお気に入り

ロウソクに火をつけ、絵を書いた画用紙を筒状にしてかぶせます。
こんなカンジ。(先一昨年バージョンですが・・・)

それを、並べます。

そうすると、夜になれば・・・

今年はこれに加えて、空缶や空ビンをを利用したマイランタンを持ってたずねてまわろう、という企画もあるみたいです。
あかりのアートに包まれる一日。
足を運ばれてはいかがですか?





